その他

世界初・薪能と薪京劇の競演

能楽・狂言演目解説 (堀上謙・能楽評論家)
能「楊貴妃」

能「楊貴妃」はほとんどを、有名な唐の詩人白楽天の詩「長恨歌」から借りているが、三番目物(鬘物)の中で中国の女性を主人公にした作品はまず珍しい。 唐の玄宗皇帝は、安禄山の乱で馬嵬が原で殺された楊貴妃のことが忘れられず、仙術を会得した方士(ワキ)に命じて、貴妃の魂魄のありかを尋ねさす。方士は天上から黄泉まで探し、ついに蓬莱宮へとやってくる。そこで貴妃の霊(シテ)に出会った方士は、皇帝の嘆きを伝え、ここに来た証拠に帝と貴妃が交わした言葉を教えて欲しいと頼む。 貴妃は、七夕の夜に比翼の鳥、連理の枝となろうと二人で誓い合ったという話をする。そして、自分はもとは仙女であったと身の上を語り、舞を舞って見せると、証拠の形見の品をもって帰る方士を一人淋しく見送る。 主題は、恋慕の情であり、絶ちがたい愛情ゆえの哀傷だといってよいだろう。作者の金春禅竹は本曲を常の夢幻能仕立てにせず、独特の構成にした。つまり、シテがあの世からやってくるのではなく、ワキがシテの住む世界を訪れまた帰ってゆくという、夢幻能の逆手の手法である。仙界の麗人を描き、昔を偲ぶという情緒ゆたかな曲想は、「長恨歌」の文学的イメージと重なり合うことによって、さらにその深さが味わえよう。『定家』『小原御幸』とともに〈三婦人〉と呼ばれているが、気品の高い能である。

狂言「太刀奪」

 北野神社へ参詣に出掛けた主人(アド)と太郎冠者(シテ)は、雑踏の中に立派な太刀を持った通行人(アド)を見付け、その太刀を奪うことにする。そこで冠者は男に近づき太刀に手をかけるが、逆に脅され主人の刀を奪われてしまう。主人と冠者は刀を取り返そうと、男を待ち伏せして捕らえるが、冠者は男を縛る縄をゆうゆうと綯いはじめる始末。いざ縛ろうとしても失敗を繰り返し、挙げ句主人を縛ってしまい、男に逃げられてしまう。「泥棒を捕らえて縄を綯う」いわゆる(泥縄)の諺を舞台化した曲。太郎冠者はあまりに愚かで非現実的であるが、縄を綯う場面はしごくリアルで可笑しい。

半能「項羽」

 古代中国の武将項羽とその寵姫虞氏の物語に取材した作品だが、直接には『太平記』の「漢楚合戦の事」に拠ったと思われる。
中国は長江の上流・烏江のほとり。草刈り男(ワキ)たちが、家に帰るため川辺で渡し船を待っていると、一人の老人(前シテ)が船を漕ぎ寄せてくる。草刈り男は老人が船賃はいらぬというので便乗するが、向こう岸に着いて降りようとすると船賃をくれという。約束が違うと怒ると、老人は金銭でなくてあなたの持っている草花でいいのだという。そしてこの花は、楚の項羽の妃虞氏を葬った塚から生えた美人草だと説明し、項羽の戦死の有様を語り、自分がその項羽の霊であると明かして消え失せる。(中入り)
その夜、草刈り男が読経して項羽の後世を弔っていると、夢の中に項羽(後シテ)と虞氏の霊(ツレ)が現われ、漢との戦いで四面楚歌に陥り虞氏が自決して最期をとげ、自分も悲憤慷慨のうちに自刃した様子を再現して見せる。
本公演は半能なので、後半、鉾を持った項羽の霊が現われ、激戦の状態と愛人を失った悲しさ、口惜しさ、怒りの表現をさまざまな仕科と(舞働き)で見せる場面が中心になる。