IFACの紹介 - 会長 ごあいさつ

会長 ごあいさつ

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NPO法人 世界芸術文化振興協会
会長
 半田 晴久

 万能の芸術家及び支援者。
 カンボジア王国政府 顧問(首相と副首相に次ぐ、上級大臣)及び首相顧問、在福岡カンボジア王国名誉領事、 カンボジア大学総長兼教授、浙江工商大学日本文化研究所教授、アジア・エ コノミック・フォーラム会長、(財)協和協会理事長、(財)日本国際フォーラム理事、(財)日印協会理事。
 また、作詞、作曲、演奏、指揮、声楽、和歌、短歌、俳句、絵画、京劇、俳優など、芸術文化方面で多彩な活動を 行い、これまでに多くの書画集、楽譜集、写真集、ビデオ集、CD集などの作品を発表。著作はあらゆる分野にわ たり、280 冊を超える。


21世紀の文明や文化は、芸術、宗教、福祉、経済、政治などの枠や壁を越えたものであると考えています。特に現代は経済の時代であり、近年は日本でも企業による芸術、文化の支援活動であるメセナが盛んになってきました。私も一経済人としての活動を行うかたわら、経済、芸術、福祉、宗教、政治というジャンルの壁を超えた福祉文化の創造に貢献するには、どうしたらいいのか長い間模索しておりました。

ところで、今日芸術としての能楽があるのは、世阿弥という大成者がいたからであり、その背景をたどれば、将軍・足利義満が世阿弥を見出し、評価し、庇護したからであります。この義満という人は、比叡山で声明(日本では仏教声楽の全体を声明と総称する)を学び、声明を独唱で歌える程の音楽的・芸術的教養があった人物であります。そういう人物にして、はじめて世阿弥の価値を見出すことができたのだといえましょう。ヨーロッパにおいても、ルネサンスはメディチ家、フッガー家などの庇護者のもとで大きく花ひらきました。

やはり、芸術文化が見出され庇護されていくには、それを見出す目と大切に思う心が必要です。そのために私は自ら能楽を学び、現在では宝生流能楽師範の資格を頂き、社団法人能楽協会の会員となり、職分ではないプロの能楽師になりました。そして、IFAC・宝生東州会を主宰しています。こうして、能楽を深く学んだことで、そこから派生した日本の伝統芸能、歌舞伎や日舞や小鼓、大鼓、太鼓、笛などの良さも、より深く解せるようになりました。またオペラに関しては、本業の合間をぬって武蔵野音楽大学特修科(マスターコース)を卒業し、さらに、西オーストラリア州立エディス・コーエン大学の大学院に、オペラを中心とした創造芸術修士号取得のため、飛行機で通学しました。それから、10年間で10本のオペラを主宰し、主演や助演をしました。美術は、美大の博士課程を卒業し、バレエは42歳、京劇は48歳から始めましたが、自ら歌い、描き、踊ってみて、はじめて真に素晴らしいものの価値が実感できるようになりました。書や日本画や陶芸がわかると、茶道が真に楽しめる。また作曲、指揮などがわかってくると、オペラやオーケストラなどの西洋音楽芸術が真に楽しめ、真に感動できるようになります。その為に、私は研鑽をしているのです。やってはじめて本当の良さや難しさがわかる。そして、その芸術を深く鑑賞したり、巨匠の値打ちがわかるようになる。これが、個人における本当の文化と言えるのではないでしょうか。

無論、世阿弥を見出し庇護した足利義満や、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロらを見出し、庇護したメディチ家やフッガー家などに比肩すべくもありませんが、そういう要素のある存在が沢山あり、はじめて真に世界の芸術文化が振興されていくものだと思っております。財政的な援助のみでは、真に生きた本物の支援活動とは言えません。また、ただ賞を与えたり讃えるだけでもいけない。まずはその素晴らしさを自分が実践して実感し、理解することから始まり、次に少しでも多くの方にそれを知り、実感して頂くことが大切です。

できれば、当協会会員の方々には、そういう先人達の生き様を見て、一人でも多くの人が実際に習い始め、発表会等に出て頂きたい。そうすると、俗にアートセラピーと言うように、芸術が如何に人間に生きがいと勇気とやる気を与えるものか、また年を取る程充実した人生を約束するものかが解るはず。こういう、人生の中に芸術が溶け込んだ人々が、心から支援をしようとするのが、真に生きた本物の支援活動ではないでしょうか。

ところで、人間の一生の終わりには、必ず老後があり、死が待ち受けているものです。しかし、芸術とともに生きる生涯は、常に向上があり、緊張があり、感動があり、充実と幸せがあります。高齢化社会何するものぞ。老齢化社会何するものぞ。死よ、来るならいつでも来い! これが、年を取っても若々しくありたい私の芸術家魂であり、精進の糧とするところであります。